“日本の関孝和は天才的数学者だった 独自に円周率を計算し「3.14159265359微弱」としたが、当時としては世界一(らしい) 他にも微分と積分を独自に考えついたとする説がある”
— VIPPERな俺 : 数学者の面白いエピソード教えろよ (via golhan)
“日本の関孝和は天才的数学者だった 独自に円周率を計算し「3.14159265359微弱」としたが、当時としては世界一(らしい) 他にも微分と積分を独自に考えついたとする説がある”
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“89: 本当にあった怖い名無し:2011/01/07(金) 17:04:08 ID:/FU4RQM6P マクドナルドで些細な事で因縁つけてタダ食いした893が後日マクド側に 訴えられた事件はセコすぎて笑ったw 90: 本当にあった怖い名無し:2011/01/07(金) 18:24:50 ID:fd+BK8kp0 >>89 しかもマクドナルド側が請求した相手は六代目山口組の組長・篠田建市宛だったからねw 91: 本当にあった怖い名無し:2011/01/07(金) 19:20:44 ID:zKijOToj0 うわ、そりゃそのヤクザの上は処分されただろうなあ 篠田氏はそういうことが大嫌いな人らしいからね 96: 本当にあった怖い名無し:2011/01/08(土) 01:41:30 ID:Mj7KPfcX0 >>91 それはそうだろうね、堅気相手はね。 ただ、相手がチンピラやゴロツキ、成りすまし組員なら話は違う。 何もしていない堅気相手にやらかしたらただじゃ済まないよ。 92: 本当にあった怖い名無し:2011/01/07(金) 19:46:18 ID:6ebQgZeZ0マックはヤクザに屈しないという企業アピールもあるからな 95: 本当にあった怖い名無し:2011/01/07(金) 21:09:44 ID:lFVmjFYu0ヤクザっても大企業とか右翼系とかに単体で勝てるわけじゃない。 だからヤクザも企業とか右翼系とかと複合しているんだろ。 97: 本当にあった怖い名無し:2011/01/08(土) 07:53:31 ID:84UQQ01u0自称暴力団組員の男が京都市伏見区のマクドナルドの店から代金を脅し取った恐喝事件で、 京都府警組対一課と伏見署などは20日、組長の使用者責任の範囲を恐喝事件などに広げた 改正暴対法を活用し、店側が男に代金を支払わせた、と発表した。 5月に改正された暴対法を受けて、被害者が損害を回復したのは全国で初という。 男は長岡京市今里2丁目、自称指定暴力団山口組系組員赤木聖被告(38)=恐喝罪で起訴。 起訴状などによると、赤木被告は6月28日夜、店のドライブスルーでハンバーガーセット を受け取る際、「服が雨にぬれた。上の者を呼んできて話をしよか」などと店員を脅し、 代金820円を支払わなかったとされる。 店側は府警の支援を受けて、赤木被告に「代金を払わなければ、組長に払わせる意思がある」と伝えた。同被告は20日、「組に迷惑を掛けられない」として代金を支払ったという。 府警組対一課は「今後も、少額被害であっても被害者を支援したい」としている。”
— 【閲覧注意】暴力団にまつわる怖い話:哲学ニュースnwk (via petapeta)
“東京の老人本当に順番守れないからビックリするんだけど、もしかして順番を守れる老人は老人まで生きられなかった?”
— ふくさんのグッドフクサニティ賞さんのツイート (via gkojax)
“大変です!! 共産党 小池さん 社なんとか党 福島瑞穂さん 民進党だっけ? 辻元清美さん 現地視察と証人喚問してください! 尼崎市 朝鮮学校に標準価格の100分の1で市有地を貸す 40年以上見直さず http://nnl.jugem.jp/?eid=1724”
“人間は「落差にこそ強く反応する」と言われています。 たとえば年収200万円の人が、年収500万円に上がったら、すごく嬉しいはずです。 しかし年収2000万円の人が、年収1000万円になったら、ものすごくショックです。 それこそ「もう今までの生活ができない!貧乏だ!」と思ってしまうことだってあるでしょう。 すなわち人間の感じ方は、絶対基準ではなく、「変化」なのです。 これを心理学では、ゲイン・ロス効果と言います。 ケイン・コスギに少し似ていますがビックリするほど関係ありません。”
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マンガで分かる心療内科・精神科in池袋 第十七回「3つの妄想は、うつの危険信号?」 | =ゆうメンタルクリニック池袋 池袋駅1分 東京・心療内科・カウンセリング・精神科= (via mcsgsym, plasticdreams) (via katoyuu) (via ase-hujiko) (via scocch) (via r-neta) (via flatmountain)
ゆうメンタルクリニックって漫画じゃなくても良いんだよなあ。文章が。見習いたいよね。かなり短くtumblrでカットされててもすごくリズムの良い適度な落ちで転がっていく。。。すごい。
(via toukubo)
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(via megane4141)
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(via k32ru)
“歴史通1月号にアメリカの学者が日中韓の歴史について 日本「History」 中国「Propaganda」 韓国「Fantasy」 と評したって記事があって、深く頷いてしまった”
“植物状態の人と、今日も会う。 仕事で。 ナースでぇーす☆命救ってまぁーす☆ って昨日の合コンで言って、「実演!」なんつって脈を測るふりして手を握ったりして、 すごい楽しかったその翌日に、真顔でここにいて、本気で脈を測っている。 その脈はとても規則正しく、きれいに打っているけど、 目の前の人は、目も開けない。いや、たまに半目。なんの意識もない。 何も喋んない。何も食べない。自分で息すらできてない。 人工呼吸器の一定の吸気排気のリズムと、心電図モニターの音と、たくさんの点滴がぐるぐると彼を囲んでいる。 その人は、私の彼氏でもなければ、親御でもない。ただの一期一会。私はこの人を知らない。 ある日、玄関で倒れた。脳出血だったみたい。 1人暮らしで、家族はいなかった。地方から1人出てきて、兄弟からも絶縁されていた。 色々な機関をあたって、やっと連絡先を見つけて連絡を取った家族は 「いやぁ~あの~」を100回くらい要所に挟みながらも、 つまりは「死んだら、連絡ください」 ということを言った。 可哀そうとは、思わなくなってしまった。もう。 人生のその瞬間だけを見て、ドラマのように「ひどい、可哀そう」とは思わなくなってしまった。 本当に色々な人生が人にはあって。 長い長い色んな積み重ねの中で今、その言葉があるってことを、いっぱい見てきた。 仕方ない。 脈は正常。 呼吸は一定。 でも植物状態。 家族は全てを病院に任せた。 生きてても、死んでても、なんでもいい人。 主治医の興味はどんどん薄れて、そっと、その人は、そこにいるだけの人になった。 愛されて愛されて、抱きしめられて、見舞いも何人もくる患者さんの横で、 静かに、ピッ・・・ピッ・・・と彼の心電図モニターの音が響いていた。 この人は、生きているのだろうか。 この人は、死んでいるんじゃないか? もうほとんど死んでいるんじゃないか? 脳死とかドナーとか命のリレーとか、そういうの見聞きするたびに、 私は見失う。 命ってのは何で、臓器ってのは何で、この人は何で。 血圧が少し、安定しない夜があった。 私は医師に報告した。 血圧を上げる薬も、下げる薬も、たくさんあった。 でも医師は、「んー」を何度も繰り返し、私を静かに諭すように、 「自然に看取ってあげよう」と言った。 死っていうのはさぁ~ 医療の敗亡じゃないんだよぉ~ むしろね、むやみに色々やることのほうが~ かえって人間の尊厳を奪い~ 人間らしさを奪う行為にぃ~ 「美しい」と思う。そういうのって。 美しいし、わかりやすいし、とても満ちているって思う。言葉で聞くと。文で読んでも。 人間らしくないよね。機械につながれて、点滴チューブに囲まれて、ただ延命されてる。 しかも誰一人、「この人を助けて」って人もいないわけで。 うん。 うん。 うん。 先輩にそう伝えると、「うん・・・」 後輩にそう伝えると、「はい・・・」 私たちは、そうして、彼のカルテを閉じた。 その日、たまたま飲みに行って、うまいうまい言って煮物を頬張りながら、 全然違う話をしてたのに後輩が、 「でも、なんか今日、いつもより顔色良かったですよね」 と、言った。 「あの人さー、髭はえる速度、超はやくないー? 私、朝そったのに、夜もうボーボーだったんだけどー」 と先輩がクスクス笑った。 手を、彼の手を、握ったことがない看護師はいない。 毎日、毎勤務、私たちは欠かさず、彼の手を取り脈を測る。 彼の名前を耳元で呼び掛ける。 体を吹く。 腕を取り、足を抱えて、抱きしめるかのように、体位をかえる。 毎日毎日熱を測って、熱のある日には氷枕を、熱が下がればそれを枕に。 汗をかけば、タオルでふいて、髭をそる。爪を切る。 そんな中で、「あれ?今日、顔色いいな」って日がある。 「あれ、今日苦しそうだな」って日もある。 毎日、毎時間、違う。 脈も血圧もタンの量も、すこしずつ違う今日がある。 どんだけ機械に囲まれようとも、管に絡まれようとも、 この人を、人間らしくないなんて思えたこと一度もない。 わかっていても、目の当たりにすると脳死は人の死だなんて思えない。 生きているとしか思えない。 意識がないことなんてちっぽけなことなくらい、 今ここにある命が圧倒的すぎて、 命すげぇーって思って、 死んでく人もたくさんみるからこそ、 もう生きてると死んでるじゃ、全然違って、 「人として生きてるとは言えない」って言葉が薄っぺらに感じるくらい、 ただもう、ただもう、命があるってことがすごい。問答無用に。命がすごい。 学生の頃は「病院で死ぬということ」を読んで感銘を受けて、 人間らしく生きるとは~!なんて必死だったけど、 人間なんて、どう生きたって、人間らしくしかならないわけで。 法律とか、もう色々あるんでしょうけど、 その時代時代の雰囲気で変わるものの上に乗せてしまっていいのかと思うくらい、 今、現場で、毎日見つめる命というものは、すごい。すごすぎる。 脳死という問題があり。延命という問題がある。臓器という問題もそこをウロウロしている。 命のリレーと言われたり、死待ちの医療と言われたり、枯れ木に水と言われたり。 でも、今、その命の目の前に立ったとき、何も正解を言えない自分がいる。 植物状態の人と、今日も会う。 明日も明後日も、やっぱり会いたいと思っている。”
— ベテラン看護師に問われても、わからない命のこと。 (via openarms) (via webstocker) (via budda) (via fukumatsu) (via nakano) (via shin3) (via yaruo) (via motomocomo) (via kogure) (via manami) (via takaakik) (via zccx)
2010-07-22 (via rosarosa-over100notes) (via gkojay)